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東京高等裁判所 昭和45年(う)2866号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中七拾日を原審の言い渡した本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人竹内文吉提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるからここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

控訴趣意第一に付て。

凡そ判決に罪と成るべき事実を示すのは、その刑の言渡の基である具体的犯罪事実を明らかにして、その公正を担保し、更に之に依って既判力の範囲をも明確にするものであるから、併合罪たる各個の事実を示すには、少なくとも、判決の公正を担保し、その既判力の範囲を明確にすることができる程度に具体的に記さなければならないことは勿論であるが、一件記録に依れば、原判示国際新薬販売株式会社に於て、販売員が得意先から判示ゼロン・トップの買受注文を受けた場合、その注文に応じて親会社の国際新薬株式会社に右ゼロン・トップ及びその貯蔵用冷蔵庫の出庫を依頼し、該物品を受け取って当該販売員に交付することは、右国際新薬販売株式会社取締役営業部長遠山治の業務に属し、同人不在の場合には同会社代表取締役境功が之を行うことになっていたこと、そして原判決別紙一覧表1乃至16摘示の各事実の何れが右遠山を欺罔して出庫依頼をさせ物品の交付を受けたものか、又何れが右境を欺罔して出庫依頼をさせ物品の交付を受けたものかは、多数回に亘る為め、右遠山及び境は固より、被告人自身すら判然覚えておらず、之を弁別することはできないとしても、被告人が右遠山若しくは境の何れかを欺罔して出庫依頼をさせ物品の交付を受けたことには間違が無く、右両名の外には被告人に欺罔されて出庫依頼を為し物品を被告人に交付した者の無いことが明白であるから、「同会社(国際新薬販売株式会社)代表取締役境功あるいは同会社営業部長遠山治に対し、云々」の旨の原判決事実摘示は、判決の公正を担保し、その既判力の範囲を明確することができる程度に犯罪事実を具体的に記載したものと認めて毫も差支なく、罪と成るべき事実の摘示として何等缺けるところは無い。

論旨は理由が無い。

同第二に付て。

所論に鑑み、記録を精査し、之に現われている本件犯行の動機、罪質、態様、回数、騙取した物品の価額並びに被告人の年令、性行、境遇、経歴、殊に、昭和三十一年五月詐欺罪(雑貨の取込詐欺)に依り懲役二年、五年間執行猶予に処せられ、更に同三十七年十月有印私文書偽造、同行使、詐欺罪(電気製品の取込詐欺等)に依り懲役四年六月に処せられた前歴の有ること、犯罪後の情況として、騙取に係る冷蔵庫八十六台のうち約八十台は、その処分先へ国際新薬株式会社が約四十万円を自腹を切って引き取ったが、結局は国際新薬販売株式会社の損失に帰し、又騙取したゼロン・トップは一本も回収されず、被告人からは全く被害の弁償が無く、之が一つの主原因と成って国際新薬販売株式会社は倒産するに至ったこと(当審証人境功の供述参照)等の諸事情を綜合して考察すると、所論のうちには、被告人の為め酌むべき点が若干有るとしても、原判決の量刑が重きに過ぎ不当であるとは断ぜられない。

論旨は理由が無い。

よって、刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数中七拾日を刑法第二十一条により原審の言い渡した本刑に算入し、当審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項但書によりその全部を被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 八島三郎 判事 柴田正 中村憲一郎)

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